奈須野雪葉さん作 : 『生贄』という名の事例

『生贄』という単語から、一体何が想像されるかという話をした事がある。
それは、殆どの人間が思い浮かべる簡単な結果。
村で一番美しい娘に特殊な装束を着せるか、全裸にして、食べ物と一緒に『並べる』
相手は、大半が魔物で、…大半が知性も何も無い存在。
どちらにせよ、『生贄』に仕立て上げられた少女に幸せは無い。
……自身の体が、肉体ではなく水晶体に変わっていくその時、私はそう思っていた。
始まりは、村を救うと言う正義的なお話である。
私…ルナターシャは、色んな人間から『可憐』だとか『美麗』だとか称されていた。
正直言って自分自身『そうなんだ…』とか思っていた矢先である。
『君は、吸血鬼への生贄に選ばれたのだよ』
特に何も思わなかった。
…吹っ飛びすぎて何も考えられなかったのかもしれない。
ただ、『生贄になるのか』と考えていた。
死が怖くないわけじゃないが、私は何故か、他人事の様に考えていた。
準備は着々と進められた。
紫色のシルクのベッドの周りに、沢山並べられたお酒と食料。
私はあのベッドに寝そべらなければならない。
魔物に食われる為に……。
ルナターシャは、15歳になる少女である。
ブロンズの、流れるようなロングヘアーに、透き通った翡翠の瞳。
そして…人間を『魅了する』というよりは『和ませる』といった種類の、可憐さ。
両親が早死にし、遺産も親戚達に全て取られてしまったが、…それでも挫けず(というか気にせず)仕事を見つけて何とか暮らしていた。
不幸を不幸と感じない精神の図太さ(と勘違いされている鈍感さ)も含めて、彼女は、村中の全ての男の憧れの的になっていた。
村で一番美しい人はと聞かれたら、殆どの村人が彼女の名前をあげるだろう。
勿論、誰も告白していないわけではない。
今まで何人もの男が、彼女に想いをぶつけている。
しかし……、彼女は自分がモテている事を理解していない上に、少し特殊な思考回路を持っている。
例えば
自分宛のラブレターなのに、『この手紙、誰に渡すの?』と言ったり
自分宛の食べ物なのに、『美味しいね、これで貴方の好きな人も喜ぶわね』と言ったり
ワザとじゃないのか?と思わせるほど、第三者を維持したがるのである。
一回、とある富豪が彼女の家を訪れて、
『こんな苦しい暮らしを君のような美しい娘にさせたくない、…僕の養女にならないか?』
と、彼女に言った。
それでルナターシャは『…私?美しいのですか?』と聞き返した後
『私は15歳だから…、『幼』女にはなれないです』
ロリコンと思われてしまった富豪の少年。後は何を言っても無駄な言葉である。
そんな特殊思考の所為で、いつしか彼女は『勿体無い美しさ』と称される様になっていた。
其処に突如現われたのが…、女の吸血鬼だ。
彼女は空に現われ、少女らしさの残る声で要求を口にした。
『この村で一番美しい娘を、この薬を使って水晶に変えて持ってきなさい』

そうでなければこの村の女性の血を全て吸い尽くすという言葉も追加した。
無論、村中が浮き足立つ。
しかし、数名の男達は、『これはチャンスだ』と言わんばかりに微笑んでいた…。
真っ先に、ルナターシャの家に村長が訪れた。
『君にこんな事を言うのは、村を護る身として忍びないが…』
生贄になってくれという意味の言葉を、ワザと遠回しに言う。
ハッキリ言うと傷つく事への、最良の対抗策だろう。
話を終えた後、ルナターシャはすぐに二つ返事で了承した。
『……頼まれたからには仕方ありません…、頑張ります』
一体何を頑張るのかは不明だが。
準備は着々と行なわれ、一週間後にはあの吸血鬼を向かえる準備が済もうとしていた。
『…君はあそこで寝るんだよ……』
一人の男が……全裸になったルナターシャを、肩に組んで連れてくる。
ブロンズ色のロングヘアーを全て下ろし、顔や体中に、赤の刻印を書かれているルナターシャ。
彼女は元々無表情だが、この日は更に人間味を失っていた。
トロンとした目、間抜けに開いた口…まるで誰かに操られているかの様に、彼女は力無くその場所に立っていた。
『大丈夫だよ、君はずっと寝ていれば良いんだ……
…怖くなんか無いよ』
ルナターシャがその言葉に対して、無言の頷きで答えた。
…生贄等、生死に関わる事をさせる場合、催眠術やお酒、薬等を使って緊張を解す事がある。
この村の場合は薬だ。
それは『麻薬』に近いのかもしれない。後の方になると禁断症状が出て、非常に苦しむタイプの。
だが、どうせすぐに死ぬのだから、それは関係無いという考えだ。
『ドサッ』という音を立てて、ルナターシャは紫色のシルクの上に寝そべった。
『おっと、涎が出てるね』
男はそう言いながらハンカチを取り出し、ルナターシャの口を拭う。
……同時に、吸血鬼から貰った、『あの薬』を口の中に放り込む。
反射的にゴクンと飲み込むルナターシャ。それは自身を水晶に変えてしまう薬だと気付くのは…すぐ後の事である。
足が重くなるのを感じるのに、時間は必要なかった。
一瞬ルナターシャの表情が動くが、すぐに戻る。
本来ならいくら彼女でも抵抗なり何なりするのだが…、今は違う。
無抵抗に、自身の身体の変化を受け入れるだけの存在だ。
『…僕は去るね、…お休み、ルナターシャちゃん…』
男はそう言いながら、その場所を去った。
残った人間はルナターシャ一人。
…やがてそのルナターシャ自身も、人間では無くなってしまうのだが……。
『……』
ルナターシャはそんな事、考えもしなかった。
シルクの感触が少し気持ち良い事くらいしか思考回路の動かない少女は、足元から人間を捨てて行く。
色は…、空を映した鏡の様な、自分と同じ位美しい水色。
ルナターシャの、翡翠の透き通った瞳の様に、体も、透き通った青になる。
普通の…15歳という年頃の少女なら…、いくら薬で緊張感を解されているとは言え、少しだけでも表情を歪ませたりするものだがルナターシャは違った。
彼女は自分の…細い華奢な足が、細い水晶の棒に変化している状況でも…ずっと天を見続ける。
天井に描かれた絵は、…まるでルナターシャに対する皮肉の様な内容だった。
『メドゥーサに、石にされている神々…』
人じゃなくなっていく少女は、力無く呟いた。
昔、両親が生きていた時に、美術館に行って
……幼い頃のルナターシャは、妙にこの絵に惹かれた。
それは現在の自分の姿を予知していたのだろうか?
水晶の棒を繋げている間接部分。……元々は二本の足を繋げていた間接部分。
彼女の足の指先の爪までも鮮明に水晶細工に変えていく吸血鬼の薬は…、人を物に変える呪い。
宝石化……。それはある意味では、人間の形を残す最高の方法だろう。
元々の人間の細胞組織を変貌させて彫刻にする。そんな簡単な事で芸術品が一品完成するのだ。
固まってしまえば人格も関係無い。後に残るのは、魅力的な体だけ…。
宝石と言う材質は、ルナターシャが好きな物である。
自分に渡された物は勘違いや早とちりの果てに殆どが元の持ち主の所に返していった。
そんな彼女が唯一貰ったものが、クリスタルで作られた置時計だ。
もっとも渡した男の方には興味が無く、プレゼントを貰ったらさっさと自宅に帰っていったという話付きだが。
そんなルナターシャが気にいった水晶。今、彼女自身がそうなっていっているのである。
足の付け根が、皺も含めてキッチリと水晶で形作られていく。
同時に…女の子が説明するには少し恥ずかしいアソコも…水晶化はちゃんと抑えてくる。
『………』
その恥ずかしいアソコの変化に、ルナターシャは少し顔を赤らめるが
其処が肉体の一部では無くなった時に、その赤面も薄れる。
……もしかしたら、その赤面が、ルナターシャの『人間』として最後の感情だったのかもしれない。
物怖じしない固体化は、やがて大きめの腰の辺りに襲い掛かる。
ルナターシャの胸は小さいが、何故かバランスは良い。
彼女はしっかりと括れた身体を持っている。…その事も、彼女の魅力を引き出していたのだろう。
『もっと胸が大きくなりたいな』と日頃から良く発言していた彼女だが、もうその願いが叶う事も無いだろう。
腰と足が、二つの棒を付けたクリスタルの固まりと化す、その固まりの上には、固まる予定の人間の体。
上半身を残すのみとなる水晶化は、ルナターシャの美しさを永遠に保存する為に、努力していた。
小さなウェスト。小さいが為に、固体化の餌食になるスピードは速かった。
痛みも何も感じずに、ただ、体の下の紫色を映し出す、青く透明な体にしていく薬の呪い。
その場所に、事情を知る誰かがいたら『吸血鬼の薬は本物だったのか!』と驚いた所だろう。
…事情を知らない者がその場所にいても、彼女の事を『美しい』としか称しないかもしれないが。
そしてすぐに、成長途中の胸の成長が、止まる。
現在の下半身と同じ物質に、無理矢理変換させられた胸が、二度と成長しなくなるのだ。
そして、ルナターシャが、自分の胸の成れの果てを見つめる
もうそれは自分の体ではない。ただの宝石の塊だ。
残ったのは、首から上の…『可憐』と何度も言われているその体と、両手のみ。
涙は流れない。流したくても出ないのかもしれない。
書かれた赤の刻印のみを残して、体中が全て、同じ色に変色する。
薬の所為か、それとも、暇だったのか
…やがて、ルナターシャは眠気を感じ取る。
今寝たらもう二度と起きられないような気もしたが…、少し早いだけだ。
どちらにせよ人間は死ぬ。早いか遅いかだけのお話だ。
…いや、もしかしたら、自分は幸運なほうかもしれない。
今まで自覚しなかったけど…、皆に美しいと言われた体を、ずっと保存出来るのだから…。
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……意識を失ったのは、完全に宝石化する前だったのか、
それとも……同時だったのかは、定かではない。
ルナターシャが意識を失ってまもなく、『誰もいなくなった』その塔に生き物が現われるが
…その正体は、興奮し、全裸になった、村の男達の姿だった。
一年後、この村は突如破滅を向かえる。
男達は血を吸われ、女達はその身体を水晶に変えられて…、動く物は何も無くなった。
村から何とか逃げてきた少女によると、突如吸血鬼が現われて街を滅ぼしたらしい。
少女に外見を尋ねると、すぐに答えてくれた、
『……ブロンズのロングヘアーに、透き通った様な翡翠の目
黒い服を来た少女で…、全身には赤い刻印が刻まれていた…』と…。

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