みつくりざめさん作 : ランダムエンカウント 「少女剣士のクリアワー」 (1)

1
 寄せては返すさざ波と、整然と並ぶ街灯が上げる微かな唸り。
 市の中心部から離れた真夜中の海浜公園では、それらが断続的に聞こえる他には、取り立てて音は聞こえない。
 夜の闇と単調な音の繰り返しが支配する空間は、ともすれば現世と隔絶された場所であるような錯覚を覚えさせる。
「……本当に、お疲れ様でした」
 静寂を破ったのは、落ち着いた女の声。滲み出るように聞こえたそれは、ただの一声でその場を支配した。
 続いて、ヒールがアスファルトを打つ音が軽やかに響く。
 闇の中から、声の主と見られる女が歩み出た。
 女が深い闇の底から抜け出して来たのか、それとも闇その物が仮初めに女の姿を形作って現出したのか。
 月を背に遊歩道を静々と歩くその女は、周囲とはまるで異質の存在感を放っている。
 ――この世の物とは思えない。その場に言葉を発せられる者が居たならば、大方がそう彼女を評するに違いない。
 端正な造りの顔立ち、緩やかにウェーブを描きながら腰にまで届く艶かな髪。そして余す所無く色香を放つ豊満な身体。
 古代より今日に至るまで幾星霜、数多の彫刻家が石塊から掘り起こさんと試みた至高の美。
 それに明確な形が在るならば、この女の姿こそが一つの回答なのではないか。
 穏やかに浮かべる微笑みは、闇夜を淡く照らす月光のよう。慈愛に満ちた佇まいは、さながら伝え語りに名を残す聖女の再現だ。
 流麗な線を描く眼の造作が、それらを一層のこと際立たせていた。
 一方で彼女が身に纏うドレスは、胸元から腹部までを大きく露出させる過激な物。
 その彩りは女の優雅な立ち振る舞いに似つかわしい、眼も覚めんばかりの鮮やかな真紅――ではなく、べっとりと乾いた血を連想させる鈍い赤。
 幾多の屍で築かれた山にドレスを浸し、そのまま一月ほど血を吸い上げさせ続ければ、或いは女の衣装の色合が再現できるかも知れない。
 無意識に血生臭い情景を想像させる濃密な死の匂いも、また同様に女は漂わせていた。
 大胆に晒された素肌には、身体の起伏に沿って若草色のタトゥが刻まれており、ただでさえ豊かな乳房が殊更に強調されていた。
 何処か生々しい曲線で見慣れぬ紋様を描くタトゥは、その色味も手伝って蛇が這い回る姿も思い起こさせる。
 清楚な顔立ちとは相容れない、一種の猥雑な色香を匂わせる出で立ち。
 そこには表層には決して現れる事のない、女自身のサディスティックな攻撃性が滲み出ている様だった。
 慈愛と暴虐。清廉と退廃。
 激しく相反し合う幾つもの要素を、女はごく自然に内包している。
 女は歩みを止め、足元へと視線を送る。その先には、少女を象った一体の石像が佇んでいた。
 両膝を地に付け、うずくまる様に上体を屈めながらも、細い首を懸命に上へ上へと持ち上げる所作の像。
 胸に腰にその他諸々――成熟の度合いを見る分には、石像は年齢にして15,6の少女をモデルに造られたと考えられる。
 身体から判断できる年齢と比較すると、幾分か、石像の少女は大人びた顔立ちをしている様に思えた。
 精巧な裸像だった。骨格、肉付き――生きた少女の身体全てが、この石像においては極めて正確にトレースが為されていた。
 精緻な造型は全身の筋肉の流れに至るまで施され、灰色の冷たい石の塊を、温もりが宿る柔肌のように感じさせている。
 更に驚くべきは、石像にはたった一つの細かな傷も見当たらないという事。
 頭から爪先に至るまで、磨き上げられた様に均一な滑らかさを持つ石の少女は、月明りを珠の如くその身に映しこんでいた。
 厳密に言えば、石像は純粋な意味での裸像ではない。
 石で作られた裸体の所々が、本物の下着とストッキングで飾り付けられているのだ。まるで、生きた人間がそうするのと同じように。
 如何なる意図か、小振りに造形された胸にはブラジャーの類は見当たらなかった。
 顔を上に向けた体勢で造られているお陰で、女も立ったままで石像の表情を克明に伺う事ができた。
 ――やっぱり、可愛らしいこと……!
 見下ろすように石像を眺めていた女の顔が、更に綻ぶ。
 微笑みを讃えている女とは対照的に、石像が浮かべていた表情は悲痛な物だった。
 形の整った眉はハの字を描いて垂れ下がり、口は大樹の洞のように大きく虚ろに開かれている。
 耳を口元に近づければ、その奥から悲嘆の叫びが漏れてくるのではないか――
 そんな哀れな面持ちが、どうやら女には愛らしい物として目に映るらしい。
 月明りに照らされる女と石像は、公園の一角に告戒室を髣髴とさせるシルエットを浮かばせる。
 跪き、涙ながらに赦しを請う哀れな娘。そして娘の嘆きを受け止め、深い慈愛を垂れる聖女――
 静謐。この光景を言い表すならば、この言葉以上に相応しい物は無いように思えた。
 ある一点にさえ、気付きさえしなければ。
 圧倒的なまでに精緻を極めた少女の石像。だがその緻密さを間近で堪能しようとすれば、言い様の無い違和感を覚えてしまうのもまた事実だった。
 違和感の基点は、鎖骨がくっきりと浮かび上がるまでに大きく竦められた肩。
 そこから伸びる細い腕は一直線に下半身にまで伸び、何の迷いも無く、秘所へと手を這わせていた。
 少女の切なげな瞳も、何かを叫ぶように大きく開かれた口も、その点に気付いた途端に持つ意味が一変する。
 ――全ては、手淫の快楽がもたらした物。
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