みつくりざめさん作 : ランダムエンカウント 「少女剣士のクリアワー」 (2)

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 切なげな瞳は快楽に浸り切った様を象った物であり、口の造型に至っては、淫らな嬌声で喚く形状を忠実に再現した物に他ならない。
 改めて口元を見てみれば、微妙な起伏が確認できる。それは正しく、少女の口から零れ出た涎。
 涎をだらしなく垂れ下がせる表情は、嘆いていると言うよりは、惚けていると表現した方が適切に思われる。
 赦しを祈る姿などではない。快楽に全身を身悶えさせる少女の痴態こそが、石像が真に描き出していた物だったのだ。
 遊歩道に滴る愛液までもがご丁寧に彫刻されている辺りは、もはやブラックジョークの域に達しているのかも知れない。
 女と造り上げていた静謐な空間など、所詮は月明りが生み出した錯覚。
 偏執的に刻み込まれた数々のディティールの前には、凡庸な幻想など欠片も残らず消え失せてしまう。
 女はおもむろに膝を折り、石像と向かい合う様に屈み込んだ。
 石像の頭部に両の手を優しく添えると、鼻の頭を突き合わせる程に顔を近付け、その表情をまじまじと眺め回す。
 喘ぎ声に開かれた口内には、歯の一本一本はおろか、そこで糸を引く涎までもが細い石の線として彫刻されていた。
「どうにも初心っぽいかと思っていましたが……これが中々。素敵なお手並みでしたよ?」
 ――よく頑張りましたね。石像に語り掛ける口調には、さながら子供をあやすような含みがあった。
 語り掛ける女の表情はどこまでも優しげで――目の前に在るのはただの石像のはずなのに、あたかも生きた少女を扱うかの如く繊細に振る舞うのだ。
 こつん。女は自分の額を、軽く石像の額と小突き合わせた。
 涙を浮かべる石像の表情に、つい先程――既に3時間ほど前であったか、自分に剣を向けていた少女の顔を重ね合わせる。
 女の記憶に残る少女と目の前の石像とは、生き写しと思えるほどに面影が酷似していた。
 ――『飛翔する女』エウリュアレ。摂理を冒涜した罪、その身の消滅を以って贖えッ!
 エウリュアレ、それが女の名前。 奇しくもその名は、ギリシア神話に登場する不死の女怪・ゴルゴーン三姉妹の次女と同じ物だった。
 激しい怒気を込めて自らの名を呼んだ少女の声も、エウリュアレは鮮明に思い出す事が出来た。
 額に始まり、続けて両頬をそれぞれ数回。石の感触を唇で味わいながら、エウリュアレは暫し少女の回想に耽る。
 少女が携えていた剣は、莫大な知識を有するエウリュアレですら驚かせる程の業物だった。
 見た目こそはそう珍しくも無い片手剣とは言えど、刃の持つ輝きが尋常ではなかったのだ。
 それは鞘から抜き放たれると同時に、零時を回り深い闇に包まれた浜辺を、まるで黄昏時の如き輝きで染め上げた。
 今から考えてみれば、神代より名を残す刀剣を模して、何処ぞの工房で作られた贋物だったのだろう。
 だが、当時の物に迫る輝きを目の当たりにすれば、それが物的及び霊的共に卓越した技巧を以って精錬された事ぐらいは容易に想像が付いた。
 視認できるまでに刃に漲る膨大な『力』は、恐らくは斬撃と共に標的を切断面から崩壊させてしまう物。
 不死でもその名を知られたエウリュアレとは言え、一撃でも喰らえば只では済まない。
 剣の性質を看破したエウリュアレは、人目では判らない程に身体を震わせていた。
 それは死に対する恐怖などではなく、これから訪れる高揚感に対しての期待の為であった訳だが。
 ――こんなに可愛い顔をして、随分とゾクゾクさせてくれるんですね、貴女……!
 昂ぶる感情に呼応するように、エウリュアレの背中から黄金に輝く翼が現出する。
 それは『飛翔する女』なる別称の由縁でもあり、同時に彼女の力の源。
 翼を備えたエウリュアレの眼差しには、既に先程までの柔和さは無い。正しく狩人の表情だった。
 戦いは拍子抜けするほど、あっさりと終わった。
 いや、汗を飛び散らせ剣を振るう少女が、笑顔の女に翻弄されるだけに終始するやり取りが、果たして戦いと呼べた物か。
 如何に一撃必殺の力を秘めた魔剣と言えども、当たらなければ豪華な火掻き棒に過ぎない。
 確かに少女の斬撃は、十分にエウリュアレの身体を打ち砕くだけの威力を持っていた。その点はエウリュアレ自身も高く評価している。
 だが、彼女の攻撃には裏がまるで無かった。
 少女の剣筋は愚直なまでに真っ直ぐで。手管に長けるエウリュアレを打倒するには、良い意味での狡猾さが足りなかったのだ。
 ――ひょっとしたら、この娘には姉さんの方が適役だったのかも知れませんね?
 少女の豪剣と真正面から嬉々として打ち合う姉の姿を想像し、エウリュアレはくすりとほくそ笑んだ。
 断罪を宣言してからどれだけの時間が過ぎていたのか、虚しい剣舞を繰り広げた少女はすっかり息が上がっていた。
 頃合と見たエウリュアレは、翼を獲物に喰らい付く蛇を思わせる速度で伸ばし、少女の手から魔剣を弾き飛ばす。
 ――実質的な勝敗は、この時点で決した。
 周囲を輝きで染め上げた魔剣は主の手を離れ、波打ち際に突き刺さる。
 既に燦々たる剣の輝きは失せ、夜の帳が再びその場を支配していた。
 素養は十分過ぎるほどにあったのだろう。そして少女は、それこそ血の滲むような修練を繰り広げていたはず。
 そうでなければ、神代の物に匹敵する威力を誇る剣など、到底与えられる筈も無いのだから。
 裏を返せば、それが少女の急所でもあった。つまりこの娘は自分に厳しすぎたのだ。
 ただ一つの敗北も認められない。ひたむきに鍛え上げられた心は確かに表面上は頑強ではある物の、支えを一つでも失えば実に脆く崩れ去る。
 ――可哀相に。何一つ楽しい事を知らずに、貴女は今日まで生きてきたのね。
 たった一撃すら浴びせる事も叶わず、完膚無きまでに叩きのめされる。頑なな少女の心を圧し折るには、これ一つで事足りた。
 放心し立つ力を失ったのか、少女は膝から崩れ落ち、潤んだ瞳で呆然とエウリュアレを見上げていた。
 翼に打たれた右腕を力無く押さえ、小さな唇をせわしなく開いては何事かを呟いているその様子は、エウリュアレの嗜虐性を満足させるには十分な物だっただろう。
 ここまで心の均衡を乱した娘を篭絡するなど、エウリュアレにとっては造作も無い事。
 少女を優しく抱きしめると、耳元で狩の締めとなる『言葉』をそっと囁いた。
 ――これからは貴女自身を愛し、存分に慰みを垂れなさい――
 エウリュアレの『言葉』には魔力が宿る。受け入れた者を思うがままに操り、最終的にその身を石と化す魔力が。
 その『言葉』に続くのは、秘所を弄る隠微な音。そして人目をはばかる事無く上げられる嬌声。
 それらはゆっくり、そして確実に音量を上げて行き――頂点に達した途端、一つ高く乾いた音を上げたのを最後にぷっつりと途絶えた。
 他の誰にも見せた事の無い――いや、少女自身ですら見た事がなかったかも知れない悦楽に墜ちた表情。
 それがエウリュアレには堪らなく愛おしかった。更に今は不変の石へと姿を変え、手元に好きなだけ留めておける。
 永遠の命を持つ彼女を指して、そんな物は退屈でしかないと揶揄する者は確かに少なくない。
 だが彼女がその名を知られる限り、今日のような素敵な夜は幾らでもやって来る。これを幸せと言わずして何と言う――
 昂ぶる心を一息付いて落ち着かせたエウリュアレは、石と化した少女の舌と自分の舌を絡み合わせ、暫しの間その感覚を楽しんだ。
 絹を思わせる滑らかな舌触りの中に、ほんの僅かなザラ付きが混じっているのが判る。
 ――そうそう、この感触。まるでバニラビーンズみたいなんですよね……
 石の塊であるはずの彫像が甘露な味を醸し出す――この感覚もまた、彼女の愉しみの一つだった。
 ――あら、何かしら?
 不意に、今度は砂糖の塊に似た食感がエウリュアレの舌を走る。舌の上で少しばかり転がせば、その原因はすぐに解った。
 少女の口内で糸を引いていた涎。絶頂の瞬間に極小サイズの鍾乳石のように固まっていた涎を、エウリュアレの舌が意図せずして捕らえたのだ。
 ほんの僅かな逡巡をしていたエウリュアレだったが、やがてうっとりと目を細めて心を決める。
 ――頂いちゃいましょうか、これ!
 舌を戻したエウリュアレから、何かが微かに砕けるような音が聞こえた。
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