【翻訳】Final Statue Fantasy: part 2 #2

■■ 中庭 ■■

「姫様。姫様?お目覚めになりましたか?」まどろみの中、一人の少女がうっすらと目を開けた。隣には甲冑姿の女性。「どうやら我々はここへ転送されたようです。目的が何なのかはわかりません。しかし当面は、ここで足止めを食うことになりそうですね」

アグリアス・オーク——王女オヴェリアの護衛を務める聖騎士は主の側で膝をつき、心配そうにその顔色を伺う。そこは城内にある中庭だった。オヴェリアは目覚めたばかりで、眠たげに瞼を擦る。地面から腰を上げたところ、騎士が手を取って助け起こした。そのままドレスについた汚れを払った。

「アグリアス。転送されたとはどういうことですか?危険があるのですか?」「わかりません。私もまだ正確な状況を掴めていないのです」騎士は報告を続けた。「私達はこの奇妙な庭で目覚めました。闇の力を感じます。状況が分かるまで、私の側を決して離れないでください」

「……私たちの他には?誰もいないのですか?」王女が不安げに尋ねた。「いいえ、姫様。ここに来る前に護衛として雇った騎士が、一人同行しております。彼女にはこの周辺の調査を頼みました。すぐに戻ってくるはずです」

ちょうどその時、二人の視界に若い娘の姿が映った。緊張感のない面持ちでこちらに近づいてくる。その少女は、王女が眠りから目覚め、こちらを向いていることに気がついたようだ。すぐにその場で背筋を伸ばすと、胸に手を当て、きまりが悪そうに敬礼をしてみせた。

王族という高貴な存在を前にして、少女は緊張しているようだ。動揺したのか言葉が出てこない。アグリアスはクスリと笑った。少女をリラックスさせようと笑みを向ける。「姫様。彼女はアリシア。ご安心ください。彼女は信用できます」その言葉を聞いて、少女はほっと胸をなで下ろした。

「わかりました。あなたの言葉を信じます。けどその服装。騎士には見えませんね?」直接声をかけられたことに、少女は驚いたようだ。無礼にならないよう、慎重に言葉を選ぶ。「はは、はい、姫様。わ、わたしは騎士の訓練を受けています。今は風水術を取り入れるため修行中の身です……」

「この格好は風水士の伝統的なコスチュームでして……」少女はポンチョ風の衣装を着ていた。膝下までを覆う頑丈そうなブーツ。ポンチョの丈は股下までしかなかった。太ももが惜しげもなく晒されている。二房に結われた髪が胸元へとこぼれ落ちる。その両手には一振りの剣が握られていた。

「では、報告をお願い。何か変わったことは?」アグリアスが促す。彼女は優しい人柄である。しかし主君の身の安全に関わる話題については、今現在とても敏感になっていた。「了解しました。ここは中庭です。周囲は壁で囲まれています。北と東に、城内へと続くと思われる扉を見つけました」

アリシアが続ける。「石像が庭中に飾られていました。すべて女性の裸婦像です。どうやらここは廃墟のようですね。実際、花壇は手入れがされていません。伸び放題です。石像には苔がむしている始末です。懸念は南端の一角です。なんらかの闇の力がそこに集まっているようでした」

「闇の力?それを先に言いなさい!」「すす、すみません……。その場所を発見したとき、闇はすぐに反応し、私の左手に纏わり付いてきました……。今、手に異常はありません。でもあのエリアを迂回すれば、他は安全そうでした。闇の力を見つけたのは、あちらの方角です」

少女が指差す。アグリアスはその指先を追った。その瞬間、騎士は目を見張った。思いもよらぬ光景。それは人型をしていた。視認できるほどに濃い闇の力が、こちらへと徐々に近づいてきている。さらに驚くべきことに、その人型の造詣は、風水士の少女と瓜二つだった。

「ええっ!?わ、わたし!?あの時、わたしの姿をコピーしたの……!?」少女は慌てていた。騎士は冷静に指示を飛ばす。「そう、見分けがつかないわ。アリシア、あなたは下がりなさい。姫様を守るのです。あの魔物は私が相手をします。この聖剣技で……!」

アグリアスが突撃の体勢をとる。その手をオリヴィアが掴んだ。心配そうに顔をしかめている。口を開きかけたが、言葉を飲み込んだ。オリヴィアは分かっていた。彼女の騎士は自信の身の安全よりも、彼女の身の安全を何よりも優先することを。

「アグリアス……せめて魔法の守りだけでも……」「姫様、不要です。もしされるのなら、ご自身を守るためにその力をお使い下さい」騎士が表情を曇らせる。「貴女の身に何かあったら、私は……!」騎士は言いよどんだ。その声音は硬い。姫が思う以上に騎士には重責があった。

一刻も早く敵を打ち倒すべし。アグリアスは会話を止め、改めて突撃の構えに移る。ちらりと視線を背後へ向ける。オリヴィアの横にはアリシアが控えている。騎士は確認を終えると、闇風水士と打破すべく駆けだした。

アグリアスの接近に闇風水士はすぐに反応した。剣を引き抜く。一息で、植物が生い茂る一角へと飛び移る。闇風水士はその場で剣を高く掲げると詠唱に入った。足を伝い、大地から吸い上げた魔力が収束をはじめる。

「風水術か!悪魔め、怯むと思うなよ!この聖剣技で——え!?」アグリアスは目を見開いた。敵の狙いは騎士ではなかった。二人の仲間。その足下が波打つ。突如地面から草蔓が首をもたげる。それは二人の腕と足にきつく絡みつき、その身体を地面へと引っ張り倒してしまった。

アリシアの手から剣が落ちる。すでにポンチョはボロボロだった。破れた服の隙間を縫うように一本の蔓が伸びる。それは太ももの奥の割れ目へと狙いをつけた。オリヴィアの有様はいくらかましだった。うつぶせに倒されたが服は原型を保っている。足に巻き付いた蔓が股を広げようとのたうっている。

「こっ、この悪魔め!汚らわしい!すぐにその手を放せ!」下劣な歓迎を受けるオリヴィアを目にして、彼女の騎士は平静を失った。猛烈な勢いで斬りかかる。闇風水士はぱっと飛び退いてその切っ先を交わす。そして今度は壊れた石敷きの通路の上へと着地した。手を掲げ詠唱を始める。

闇風水士は地面でもがく二人へと標的を定めた。その立ち位置を見て、アグリアスは安堵した。オヴェリアは風水術の間合いからわずかに外れていたのだ。しかしアリシアは違った。少女を取り囲むように地面から岩盤がせり上がる。それは一瞬にして少女の身体を飲み込んだ。岩盤が元に戻る。そして……

「そ、そんな……アリシアが……」オリヴィアは恐怖に身を震わせた。目の前に少女はいた。その全身が石に変わっていた。アリシアは仰向けに倒され、蔓によって手足を大の字に拘束されていた。そのしなやかな裸体が隠すことも出来ずに晒されている。

アリシアの表情には恐怖と羞恥が彫刻されていた。石になった瞳は自身の下腹部へと向けられている。恥部にはおぞましい草蔓の束が殺到している。そのあられもない所作は、石化した今となっても少女を困惑させていた。

風水術は、術者の立つ地形の特性を取り入れ、攻撃に転換する能力を持つ。オリヴィアが拘束から抜け出ていたならば、石化した少女に対してすぐにでも解除魔法を唱えたことだろう。しかし今彼女にできたことは、弱々しくもがき、アグリアスに助けを求めることだけだった。

「悪魔め!罪の深さを知れ!」アグリアスは剣を高く掲げ言い放った。「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き!」地面から膨大なエネルギーが放たれる。放電を伴う聖剣技の一撃が闇風水士を捉えた。魔物は一瞬で浄化されると、その身体は塵となって霧散した。

あっけないほど簡単に悪魔は姿を消した。しかしその爪痕が癒えることはなかった。オリヴィアはいまだ全身を締め上げる蔓に身をよじっている。そして哀れなアリシアは裸婦像と化したまま身動き一つしない。

「姫様!お怪我はありませんか!」魔物が消えるとすぐに、アグリアスはオヴェリアの側へと駆け寄った。動かないアリシアの横を走り抜ける。騎士の胸中に後悔が浮かぶ。騎士は手早く蔓を切り捨てると、両腕で姫を力強く抱きしめた。破けたドレスに手を当てやんわりと整える。

「アグリアス……とても恐ろしかった。でも私は無傷です。それよりアリシアを。すぐに石化を治さないと」姫を助け起こすため抱擁を解くことに、騎士はほんの一瞬躊躇した。姫は立ち上がると、すぐにアリシアへと解除魔法をかけた。しかし硬化した肉体が元に戻ることはなかった。

「……悪魔の魔法は私たちの力を越えているようです。認めたくありませんが、今はアリシアを助けることはできません。姫様。せめていまは、お互いの無事を祈りましょう」「アグリアス!どうしてそんなに冷たいの!私が無事なら、他はどうなってもいいとでもいうのですか!」

「あなたはいつも自分の身体は二の次で……。私の安全のために……。私にそんなに価値がありますか?」姫の言葉に秘められた意味に気がつき、騎士は深く赤面する。「姫様……私の想いに気づいておいででしょう……あなたの言葉は正しい。私のすべては、あなたのために」

「……アグリアス、あなたにとって私は何ですか?姫?守るべき対象?一人の女としてはみてくれないのですか……?」「じょ、女性として?そ、そんな。滅相もございません。わ、私はあなたの騎士。そしてあなたは私の主。そ、それ以上は、許されません……」

「そんなこと!みんな、みんな、私をただ王女として扱ってきた。そう。自分達の野望の道具として。でもあなただけは本当の私を見てくれていたと、私は信じています。独りぼっちで、誰からも愛されなかった私を……」

「姫様……いえ、オヴェリア、それが貴女の望みなら、私は……」そして、廃墟の庭の陰で、姫と騎士は互いを抱きしめ、最初の口づけを交わした。その姿を、石像となった少女の生気のない石の瞳だけが映していた。


つづく Final Statue Fantasy: part 2 #3

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