日常の混沌さん作 : 美人の秘訣 (1)

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「ごめん……」
 冷たい言葉。
「今は、誰とも付き合うことができないから……」
 少年はその二言だけ言うと、バツの悪そうな表情でその場を去っていく。
 ぽつんと後に残されたのは、一人の少女。
 秋の木枯らしが、寂れた夕方の公園を駆けていく。
 少女は、少年が去った公園の出口を、いつまでも見つめていた。
 ビン底メガネにおさげ髪。
 そんな私が恋をした。
 けれど、ふられた。
 初恋だった。
 クラスでも仲も良く、一番親しい……いや、唯一と言っていいほどの異性。
 勉強以外はなんの取り柄もなく、クラスでいつも一人っきりで本を読む私を受け入れてくれる、大切な人。
 出会いはちょうど2年前、高校1年、早朝の公園。
 
 私――宮内清恵(すみえ)は、毎朝の飼い犬のチャコの散歩の途中だった。
 その日はたまたま早く起きたので、いつもよりも少し早い時間に家を出た。
 私とチャコは、すでに冬の訪れを告げる風を感じながら、舞い落ちた落ち葉の絨毯の上を歩いていく。
 引き締まった空気、散歩する人々。いつもよりもたった30分ほど早いだけなのに、いつもの公園とは全然違う感じを受けた。
 そんな中、一人の少年と目が合う。
 少年は、ジョギングか何かの途中らしく、ジャージに身を包んでいた。
(同い年くらいかな……)
 そんなことを思っていると、少年は私の前で立ち止まった。
「お……宮内じゃないか」
「……え?」
 呆けた顔をしていると、
「おいおい、そりゃないぜ~。ほら、同じクラスの」
「……あ!!」
 思い出した。
「確か、窓側の席でいつも寝ている――」
「そう!! 村越孝史(たかふみ)だ。しかし早いな~。ばあちゃんかよ」
「な……そ、そういう村越君だって早いじゃないの!!」
「だって、俺じいちゃんだもん~」
 豪快な少年の笑い声が、朝の空気に流れていった。
 村越孝史君。
 彼は陸上部の長距離選手で、毎日この時間にジョギングしているらしい。
 気さくな性格で、とても話しやすい男の子だった。
 小学校の高学年、妙に異性を意識してしまって男の子とまともに話したのは久しぶりだった。
「いや~しかし意外だな~」
 公園のベンチで伸びをしながら、村越君が言った。
「? 何が?」
「ん……いやほら、宮内ってさ、随分おとなしくて、正直おかたそうなイメージがあったけど……話してみるとムチャ話しやすいじゃん」
「そんなことないと思うけど。村越君の方が話しやすいタイプだと思う……」
 話してて分かる。
 誰にでも好かれる。そんな性格の象徴のような人だった。
「んなこたないって。物静かなだけで、すげー優しいし!! ……なあ?」
 と、チャコを撫でる。
「だから、これからも仲良くやろうぜ!!」
 左手を差し出してきた。
 私は、戸惑いながらその手を握った。
 高校生活、初めて触れた男の子の手だった。
 とても大きく感じたのを覚えてる。
 それから私たちは、朝の公園で出会うたびに一緒に散歩し、学校でも普通に話すようになった。
 彼に惹かれていく自分に気づいたのは、高校2年のころだった。
「酷い顔……」
 鏡を覗き込む。
 普段のぱっとしない顔が、一層酷い。
 泣きはらした目は赤く腫れ、下の瞼にはくっきりとクマができている。
「学校……さぼろうかな……」
 正直、行きたくない。
 隆史君と会いたくない。会えばきっと、また泣いてしまうだろうから。
 泣いてしまえば、きっと彼は困ってしまうだろうから。
 私が学校へ行かないことも彼への負担になってしまうだろうが、クラスのみんなの前で困らせてしまうよりましだ。
「やっぱり、今日は行くのやめよう」
 そう決めた私は、いつもどおり学校へと行くフリをして、家を出た。
 いつもの様相とは大分違う私に、お母さんは酷く心配してくれた。
「だいじょうぶだよ……」
 そう言い放つ。
 心配してくれるお母さんを見て、それを騙そうとしている自分自身が、酷く悲しくなった。
 公園で適当に時間を潰して、登校時間も過ぎたころ、学校に電話する。
 母の声音を真似すると、意外にも簡単に騙すことができた。
 その後、公衆トイレで鞄に詰めてきた私服へと着替えると、とりあえずは街に出かけることにした。
 目的も何もない。ただなんとなく行ってみようと思った。
 繁華街は、平日の午前とは思えないほどに人でごった返していた。
 私と同じくらいの年代の人や、大学生っぽい人、サラリーマン風の大人、沢山の人がいた。
 ぼーっと歩いていると、ふとあるものが目に付く。
『綺麗になりたい貴女に素敵なアドバイス!!』
 電柱に張られた広告だった。
(綺麗に……か)
 ふと、目の前のショーウインドに目が行く。
 そこには、ビン底メガネに長いおさげ、ぱっとしない地味な服に身を包んだ少女が立っていた。
 振り返る。
 行き交う女性は、誰を見ても綺麗な人ばかりだった。
(綺麗になれば……孝史君も振り向いてくれるかも知れない……)
 私はもう一度振り返り、そのチラシに手をかけた。
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