日常の混沌さん作 : 美人の秘訣 (2)

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「ここ……だよね」
 繁華街の外れ、地味な一軒家を眺める。
 看板も何もない。本当にここが目的の場所かともう一度チラシの住所と地図を確かめてみるが、やはり寸分違わない。
 このまま黙っててもしょうがないので、思い切ってブザーを押した。
 中で電子音が鳴り、やがて
『は~い。なんの御用でしょうか?』
 インターフォン越しに色っぽい女性の声が聞こえてきた。
 私は、チラシに書いてあることをそのまま言葉に変える。
「綺麗に……なれますか?」
『あ~ら、チラシ見てくれたのね~。あ・り・が・と。今開けるわ~。待っててね~』
 内線が切れる音の後、足音が聞こえてくる。
 ――ガチャ
「いらっしゃーい。あら、可愛いお嬢さんね~」
 出てきた女性は、予想通りに美人な女性だった。
「アタシは宇木世穂(せほ)よ。まあ立ち話もなんだし、上がっていいわよ~」
「はい……お願いします……」
 応接間に通された私は、これまでの孝史君との経緯を大雑把に話した。
「な~るほどね~。貴女をふった少年を、綺麗になって後悔させてあげようと」
「違いま――」
 言おうとして、口をつぐむ。
 何が違うというのか。まさにそのとおりではないか。ふった相手を振り返らせるというのはそういうことだ。
「……そうです」
「う~ん。その辛そうな顔、おねーさん好きよ。で、貴女は綺麗になるには何が必要だと思う?」
「え……」
 顔か、スタイルか、はたまたお金か……。
 答えを出しあぐねていると、
「は~い時間切れ~。心よ、こ・こ・ろ」
「こころ……ですか」
「そのとーり。その点貴女は合格ね~。とっても澄んだ心をしてるもの」
「はあ……」
 言ってることが分からない。正直、ここはハズレではないか。そう感じる。
「その目は信じてないわね~。いいわ、アタシが身をもって実証してあげる!!」
「え……? って、ちょ、ちょっと……!!」
 世穂さんはいきなり立ち上がると、強引に私の腕を引っ張り上げた。
「な、なんですか……いきなり……」
「いいからいいから、大人しくついてらっしゃい」
 世穂さんはそう言い放つと、ずかずかと玄関のほうへと歩き出す。
 私は、戸惑いながらもその後をついていった。
「私、お金ありませんよ……」
「気にしない気にしない、アタシ持ちでいいから」
「え……」
「初回サービスよ~。可愛い子をアタシがプロデュースできるんだもの。こっちからお願いしたいくらいよ」
「はあ……」
「というわけで、じゃあお願いね」
「はい、かしこまりました」
「じゃあ、またあとでね~」
 世穂に無理矢理連れて行かれた先は、とある美容院。
「はい、できました。どうですか?」
 どうやら終わったようだ。目の前にいる女性が正面の鏡を見て聞いてくるが、
「どうですかと言われても……」
 眼鏡のない今の私では、到底1メートルも先にある鏡に映るものを網膜に焼き付けることなどできない。
「せめて、眼鏡を返してくれませんか?」
 そういうと、女性は困ったように、
「あらら? 先ほどのお客様が持っていっちゃいましたけど……」
「え?」
 一瞬、嫌な予感がする。
 あんなことを言っておきながら、まさか眼鏡を持ってお金を払わずにいなくなって――
「ごめーんスミエちゃーん。遅くなっちゃった~」
 色っぽい声が店内に響いてきた。
 そして、私の前までくると、
「きゃ~~~~~。かわい~~~~~~」
 女の私でも受け付けないような黄色い声を上げる。
「ほら見てスミエちゃん、見て~~~」
 興奮しながら私の肩をバシバシ叩く。
「眼鏡がないので分かりません……」
 ぼそりと呟くと、手がピタリと止まる。
「あ~~~~ごめんね~~~。眼鏡は没収よ~」
「……はい?」
 いきなり何を言い出すのか。
「その代わり……」
 はい、と言いながら手を差し出してくる。
「? なんです?」
「コンタクトよ~。これも私からのプレゼントだから、早速つけてちょーだい」
「……はあ」
「これが……私?」
「そうよ~~~。もーれつらぶり~よ~」
 鏡の中にいるのは、目の大きな綺麗な少女。短くまとめられた髪に、薄い茶色がよく似合っている。
 目をゴシゴシとこする。
 けれども像はまったく変わらない。
 鏡に騙されているのではいかと思うような衝撃だった。
「さ~て、あとは服だけど私のお古をいくつかあげるわ~。スタイルも悪くないんだし、あとは貴女次第よ~」
 世穂が何か言っていたが、正直耳に入っていなかった。
 家に帰ると、お母さんとお父さんは何か聞きたそうな顔をしていたけど、何も言ってこなかった。
 だから、私から
「学校帰りにちょっと……」
 と嘘をついた。
 信じてくれたかは分からないけど、何も聞かれはしなかった。
 翌日、学校に来た途端に私は話題の的になった。みんなに、
「昨日珍しくガッコ来ないと思ったらいきなり、どうしたの!?」
 とか聞かれたが、お母さんたちのときと同じく
「ちょっとね……」
 と誤魔化した。
 あまり仲のいい友達はいなかったので、それ以上はつっこまれなかった。
 先生も始めは不振そうな顔をしていたが、いつもと変わらない態度を心掛けると何も言ってはこなかった。
 その日から数日。
 急にクラスの男子の態度が変わりだした。
 妙に馴れ馴れしくしてくる人、じろじろといつもこっちを見てくる人、いきなり話しかけてくる人。
 悪い気は決してしなかった。けれど、どうでも良かった。
 一番見て欲しいのは……
 一番前の、窓側の席を見る。
 そこには、机に突っ伏している孝史君がいた。
 ――あの日以来、結局何も話していない。むしろ、彼のほうから距離を置くようになった気がする。
 丸まった彼の背中に秋の日差しが差し込む。その光景を見て、妙に寂しくなった。
 私が“変身”して1月ほど過ぎたころか。
 孝史君が学校を休んだ。
 担任が、
「今日はあいつは陸上部の大会だそうだ。最後の大きな試合らしいからなあ……頑張って欲しいものだ……」
 と言っていた。
 ――思い出す。
 2月ほど前だろうか。いつもの朝の公園で、
『今度でっかい大会があるんだけどさ、そこで俺優勝狙ってんだ。優勝できれば、バカな俺もスミエと同じような頭いい大学いけるんだぜぇ~』
 とか笑いながら言っていた。きっと、今日の大会がそうなのだろう。
 正直、彼との仲は一向に縮まらない。むしろ開いているような錯覚すら覚える。
 最近では受験が近いために私に言い寄ってくる男子も減り、私が変わったばかりのときよりも話せる機会もあるというのに、あれ以来一言も交わしていない。
 というか、視線が合おうものなら、逸らされる。そこまで事態は悪変していた。
(今日しかない……)
 そう思った。
 私自身もそろそろ受験に集中しなくてはならない。いい加減区切りが必要だ。
“最後の大会、お疲れ様!!”
 そう言うだけでもいい。それだけで十分……
 ――いや、そんなことはない。
 仲の良かった頃に戻りたい。もう一度おしゃべりしたい。チャコと、3人一緒に散歩したい……。
 ――それ以上に、もっと仲良くなりたい……!!
 あふれ出した想いは、止めることはできなかった。
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