日常の混沌さん作 : 美人の秘訣 (3)

3
 ――ピンポーン
 電子音が屋内から響いてくる。そして、
『は~い、何の御用でしょうか~』
 あの日と同じ声。
 ここを訪れたのは、あの日以来だった。
「お久しぶりね~。変わらなく可愛いわよぉ」
 私は、あのときと同じ部屋に通されていた。
「で、今度は何のようかしらぁ」
「私……もっと綺麗になりたいんです!!」
「詳しく聞きたいわね……」
「なるほどね~……彼にアタックをかけるのは今日しかないと。そのためにも、もっと綺麗になる必要があるのねぇ」
「はい」
「ん~~~~~。ま、いいわよぉ」
「本当ですか!?」
「もちろんよぉ。ただし、今回御代はちゃーんといただいちゃうわぁ」
「はい!! 何年かかってでも絶対払います!!」
「あ~ら、殊勝な心掛けねえ。おーけー、じゃあ奥に行きましょーか」
 通された部屋は、真っ暗な部屋だった。
 世穂さんは、室内の一本の蝋燭に火を灯す。
 四方のどの壁にも明かりが届いていないことからすると、大分広い部屋のようだ。
「は~い。じゃあいきなりだけど脱いでみよ~」
「脱ぐって……ここで? 今すぐですか?」
「そうよぉ。女の子の一番綺麗な姿っていうのははだーかなのっ。ほらっ、すぐ脱ぐぅ」
「~~~~~~」
 私はしぶしぶ服を脱ぐことにした。
 どうせ女同士なのだ。見られてもそれほど嫌な感じはない。けれど、このスースーするのはどうにかならないのか……。
「はい、よーくできました。そしたら、今度はここに立ってぇ」
 蝋燭の明かりに照らされた世穂さんが、足元を指差す。私はそのとおりに立った。
「じゃあ、ばんざーい」
「?」
 手を上に掲げる。
 世穂さんは、いつの間にか持ってきた小さい脚立に乗り、なにやらカチャカチャと――
 手首にひんやりとした感触、そして
 ――カシャーン
 奇妙な拘束感。
「あ……れ?」
 ――カチャカチャ
 手を動かそうと思っても、何かが手の自由を奪っている。
「世穂さん……?」
「ごめんなさいね~。とちゅーで暴れられたり、逃げられるのはいやだからぁ」
 ……暴れる?
 ……逃げる?
 と、そのとき、足元がぼんやりと光り出したのに気がついた。
 蒼く光るそれは、何かで見たことがある。確か……
「魔方陣……?」
「あら~ビーンゴ。賢いわね~」
「ビンゴって、ナンセンスじゃないですか!! 何をするんです!?」
「貴女が綺麗にして欲しいって言ったから、してあげるだけよ~。……誰よりも綺麗にね」
 と、一瞬世穂さんの顔が薄暗がりの中で妖しく笑った気がした。ぞくりと悪寒が走る。
 その間、世穂さんが何かをぶつぶつと唱えだす。同時、魔方陣はぼんやりと明滅を始めた。
 嫌な予感がした。
 しかし私は、動くことができなかった。
 その呪文に聞き入っていた。
 その光景に見入っていた。
 ――ピシィ
 突然、奇怪な音がした。
 そのとき感じる足への違和感。
 ……足が、動かなかった。
 見ると、そこが半透明に光る“何か”になっていた。
「いや……!! なにこれ!?」
「ふふ……貴女の足はもう貴女の足ではないわ」
 いつの間にか呪文を止めた世穂さんの声が聞こえてきた。暗がりのせいでどこにいるかははっきりと分からない。
「貴女はこれから、宝石となるのよ。この世で一番美しい宝石に……」
「な……なにを言って――」
 私の言葉の途中で、呪文が再開される。
 何かが固まっていく音。
 それは、段々と近づいて……。
「いやあああああああああっっっっ!!!!」
 少女の発狂が、室内に響く。
 彼女の胸の半分くらいまでが“何か”に変わり、そこで、止まる。
「うふふ……とってもいい声で泣くのね……」
「や……めて……」
「だーめ。貴女は“綺麗になりたい”と言った。だから、アタシは貴女の心を媒介に宝石に変えるの。始めに言ったでしょ? “心が綺麗なら誰でも綺麗になれる”ってね。心が綺麗なほど、純度の高い宝石になれるのよ~」
 世穂は妖しい笑みでそう言う。
「や、め……て……。わたし……宝石なんかに……なりたくない……」
「あら……まだ意識があるの……本当にいい心をもってるのね。これだけ良質の宝石を生み出してるのに……じゃあ、仕上げに入りましょうか……。いい声で泣いてね」
 そう言うと、再び呪文を唱える。
 今度は先ほどまでのものとは少々違うようだ。証拠に、清恵の宝石化が一向に進んでいない。
 と、宝石化が再開する。今度はゆっくり、確実に。
「あ……あ、あ…………いやぁ……」
「ふふ……今度は徐々に変換していく魔法よ……しっかりと堪能させてちょうだい」
 世穂が言う間にも、宝石化はどんどん清恵の体を侵食していく。
「たすけ……だれか…………あぁぁ……」
「貴女も、ここに2回も訪れなければこんなことにならずにすんだでしょうに……」
 体を食い尽くした宝石は、今度は腕を、顔を蝕んでいく。
「ふふ……もう咽喉まで固化が進んだわねえ。もう声も出せないでしょう?」
 恐怖に染まった清恵の顔を見て、嬉しそうに世穂が言う。
 清恵にはもう、絶叫も上げることすら許されていなかった。
 はらりと、少女の瞳から涙が零れた。
 すでに宝石と化してしまったであろう咽喉から、奇跡にも近い声が漏れる。
「た…………ふ…………み…………く…………」
 最後にひとつ、
 ――ピシイイイイィィィィィ
 一層大きな音が、室内に木霊した。
「きっと彼も、今の貴女には魅了されずにいられないでしょう……ふふ」
 完全に宝石と化した少女。
 その恐ろしいまでに美しい肢体がわずかにくぐもって見えるのはきっと、大好きな少年と、ありのままの自分で接することができなかったから、なのかも知れない。
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