日常の混沌さん作 : 美人の秘訣番外編 ~すれ違う心~ (1)

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 告白された。
 相手は、ビン底眼鏡におさげ髪の少女。学年でもトップクラスの成績の優等生。
 出会いは、3年前の早朝。
 俺はランニングの途中、向こうは犬の散歩中だった。
 お堅い感じのイメージがあったけど、実はものすごくいいやつだった。
 その後、俺たちは親友と呼べるほどの仲になることになる。
 そのうち、俺は自分の中の特別な感情に気づく。
 特にきっかけがあったわけではない。なんとなく気づいた。
 そして、俺はひとつの決心をした。
 そんな最中の出来事だった。
「ごめん……」
 俺の口から放たれる冷たい言葉。
「今は、誰とも付き合うことができないから……」
 相手の顔を見ることができなかった。
 どんな顔をしているのか想像するだけで嫌気がする。
 俺はそれだけ告げると、踵を返して公園を後にした……。
 ――どうして、あんな言葉しか出てこなかったのだろうか。
 ――あれでは、傷つけてしまうだけではないか。
 後悔の念は、あとからあとから俺に襲い掛かってくる。
「ああああああっ!!!!」
 壁を、思い切り殴る。
 鈍い痛みが、徐々に感覚を侵食していく。
 ――あいつは、もっと痛い!!
 もう一度、殴る。
 今度は、あまり痛くなかった。
 自分自身に嫌気が指した。
 知らずに手加減したのだ。
 ――結局、一番大事なのは自分かよ!!
 心中、自身に唾を吐きかけながら、ゴスゴスと何度も壁を殴り続ける。
 しかし、初撃の痛みに匹敵する感覚は決してやってはこなかった。
 次の日、スミエが学校を休んだ。
 ――俺のせいだ。
 今日、昨日のことを謝ろうと思っていた。
 俺の中の事情を話そうと思っていた。
 なのに、その相手がいない。
 ――いや、それは言い訳だ。
 本当に謝る気があったのなら、なぜ昨日のうちにしなかった?
 連絡の手段などいくらでもあったはずだ。
 弁解の時間などいくらでもあったはずだ。
 ――けれど、俺は動かなかった。
 きっと、彼女の傷を浅く見ていたのだろう。
 その浅はかな考えが最低の所業であったことは、彼女の欠席が物語っていた。
 ――つくづく自分勝手な男だな、俺は。
 自分自身を、呪い殺してやりたい心境になった。
 結局俺は、この日も彼女にコンタクトを取りはしなかった。
 昨日何もできなかった人間が、今更何をしゃしゃりでようというのか。
「スミエが次に学校にきたら……」
 心の整理が少しでもついたと感じたら、改めて動こう。そう、思った。
 ――本当に最低だ、俺。
 翌日、俺は驚愕することになる。
 彼女が、完全に変わってしまった。
 短く刈られ、薄く染まった髪。昨日まで、グラスの向こうで目立たなかった瞳も今はない。
 彼女は一瞬にして、時の人となった。
 俺は、彼女に群がる大衆をただただ見ることができなかった。
 彼女を、とても遠い存在に感じてしまった。
「今度でっかい大会があるんだけどさ、そこで俺優勝狙ってんだ。優勝できれば、バカな俺もスミエと同じような頭いい大学いけるんだぜぇ~」
 いつもの公園、いつもの時間。
 そこで、俺は口約束をする。
 そして、ある決意を固める。
「……楽して大学いくなんて、ずるいなあ」
「なにおう。楽なんかじゃないぞ。優勝をなめるなよぉ」
 頬を膨らませる俺に、彼女はニコッと笑った。
「分かってるわよ、からかっただ~け。頑張ってね」
「お……おう」
 頬が赤らむのを感じた。
 いつからだろうか。彼女のこの笑顔が大好きになったのは。
 周りには自分から溶け込めない。けれど、その心は誰よりも澄んで、優しい。
 彼女を……その笑顔を守ってやりたいと思った。
 俺は、朝日が眩しいふりをして顔を手で覆った。
 ――大会で優勝したら、気持ちを伝えたい。
 あのとき、自分にそう誓った。
 なのに、今の俺はまったく逆の行動をしている。
 彼女を苦しめることしかしていない。
 なぜ、彼女をあの場で受け入れられなかったのか。
 なぜ、せめて『あと少し待っててくれ』の一言が言えなかったのか。
 多分俺は、自分から先に言えなかったとかいうつまらないプライドをもっていたのだろう。
 俺の誓いは、どこに行ってしまったのだろうか。
 俺の心は、糸の切れた凧のようにどこかへいってしまったのだろうか……
 あれから1ヶ月。
 大会の日が徐々に近づくにつれ、俺は彼女から距離を置くようになっていた。
 ――あとすこし、あとすこし。
 そう自分に言い聞かせ、部活に一心になる。
 優勝さえできれば、彼女に謝って、一緒の大学行こうって、大好きだって、言える。
 そう思うだけで頑張れた。
 その瞬間のためだけに耐えられた。
 けれど、俺はやっぱり愚かだったのだ……。
 所詮、自分のことしか考えられない、最低な男だったのだ……。
 大会当日、俺は競技のことにのみ集中した。
 結果は、自己ベストで優勝という結果だった。
 顧問に、
「これなら、大抵の大学から推薦がくるぞ」
 と背中をバシバシ叩かれながら言われた。
 けれど、俺はそんなことはどうでもよかった。
 考えていたことはただひとつだった。
 大会終了と同時、俺は会場を駆け出していた。
 目指す場所は、決まっていた――
 夕闇の中、とぼとぼ公園を歩く。
 葉の枯れ落ちた木々が、妙に自分に酷似していて滑稽な感じがした。
(そんなこと思うのも、植物に失礼か……)
 心中毒づく。
 スミエはいなかった。
 家にも、学校にも、そして――
「この公園にも……」
 思いは溢れるばかりで、受け止められることのない心は、ひたすらに虚しいだけだ。
 スミエも、こんな思いをしていたのだろうか……。
 スミエは、完全に行方不明になった。
 警察も捜索しているらしいが、明るい報告はひと月たった今でもない。
 俺の世界は、一瞬にして色を失ったかのようだった。
 いなくなって本当に分かる。彼女を……スミエを本当に好きだったということを。
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