日常の混沌さん作 : 美人の秘訣番外編 ~すれ違う心~ (2)

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「無様だな……」
 夜の街の道端に、ゴミのように転がりながら呟く。
 道を歩いているとき、肩がぶつかった。
 因縁をつけられたから、殴った。
 仲間がぞろぞろ出てきた。
「本当に、無様だ……」
 天を仰ぐと、くぐもった夜空からポツリポツリと雨が降ってくる。
 まるで、空からも嘲笑われてる気がしてくる。
「本当に――」
「無様ねぇ」
 ――声。
 視線を移す。そこには、色っぽい感じの女が立っていた。
「……誰かは分かんないけど、趣味悪いね。雨の日に傘も差さずに、不良観察かい?」
「そうねえ……。趣味が悪いとは、よく言われるわぁ」
 と、けらけらと笑い出す。
「アタシは、宇木世穂。あなたは……?」
 言いながら、手を差し出してくる。
 不思議と、女に従おうと思った。俺は、よく分からないままその手を握り返した。
「……村越、孝史」
 雨を、見ている。
 すでにシャッターの閉まった八百屋の軒下で、屋根から落ちるしずくと、空から落ちる小さな水滴。
「たぶんね~。貴方の望み、アタシは叶えてあげられるわよ~」
 不意に、世穂が呟く。
 雨にぬれぼそった髪が、顔が妙に色っぽい。
「俺の……望み?」
「そうよぉ。貴方今と~っても苦しいんでしょぉ。見れば分かるわ。アタシなら、それを止められるかもって言っているの」
「止められるものか……」
 止められるはずもない。止められるとすれば……。
(時が経つか、もしくは――)
「あらあ……でもやってみなくちゃ分からないでしょ~。とりあえずおねーさんに話してみなさい」
 妙に馴れ馴れしい女を前に、俺はなぜか事情を話す気になった。なんでかは分からない。
 正直、藁にでもすがりたかったのだろう。
 俺はゆっくりと、自分の今の状況、スミエという少女、自分の想い、彼女の想いを話した。
「……いいわあ。貴方も、とってもいい心を持ってる……。その想い……気に入ったわあ」
 そう言って、女は薄く笑った。
 通されたのは、暗い部屋。
 何も見えない。
 何か、得体の知れないものがあるような不安を感じる空間だった。
「い~い? ここで見るものは、貴方にとってと~ても辛いことなるかもしれないのよぉ」
 言葉は使わない。ただ、頷く。
「でもだいじょーぶよぉ。苦しみはちゃあんと止めてあげるから……」
 と、暗闇にぼーっとした光が灯る。
 数瞬後、それがろうそくの火だと知る。
「ほら、あそこよ……」
 世穂が指すほうを、部屋の奥のほうを見やる。
 ――時間が、止まった。
 知っている顔が、そこにいた。
「あ……あ……」
 言葉にならない吐息が、室内に流れる。
 目の前には、藍い……とても綺麗な藍い彫像が立っていた……。
 その顔は、知っている顔によく似ていた。愛しい人の顔に似ていた。
 表情は、こっちにまで伝わってくるような苦悶のもの。まるで生きているかのような、今にも叫びだすのではないかと思えてくる恐怖のそれ。
 直感で理解する。
 これは、“似ている”なんてレベルのものではない。
 これは――
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「うわああああああああああああ!!!!!」
 ――彼女だ。
 絶叫が、室内に木霊した。
 膝がガクガクと地面に落ちる。
 涙が、止まらない。
 全身が震えた。
(なんでスミエがなんでスミエがなんでスミエがなんでスミエがなんでスミエが――)
 意味が分からない。訳が分からない。理解できない。
 なんで、彼女がこんなことになっているのか。
「落ち着きなさい」
 背後からかかる冷たい声。先ほどまでのものとは異なる、異質の声。
 それを聞いた俺の中で、何かがはじける。
「……これが落ち着いていられるかよっ。スミエが……こんなことになっているんだぞ!!」
 世穂の胸倉に食いかかる。
 ――ゾクッ
 冷たい眼光が、俺を貫いた。視線だけで殺されるような、そんな圧迫感。
 俺は、無意識で手を離していた。
「ふふ……いいこね。さっきも言ったけど、アタシが貴方にできるのは“貴方の苦しみ”を除くことだけ。それ以外は何もしないわ」
 つかつかと部屋の中央まで歩み、そこに立つ彫像を愛でるように撫でる。
「この子がこうなったのは、彼女の咎ゆえ。ありのままの自分で貴方に会いにいけなかった弱さの現われ。だから、アタシは彼女に最高で、絶対の美を与えたのよ」
 ふふ、と笑う女。
「あんたが……やったってんだな……」
「そう。けど、こうなったのは彼女のせいよ。一度目のときはまだよかった。彼女とっても美しくなったもの。でも、2度目は違う。彼女の望んだ道は、心を……美しさをくぐもらせるものでしかなかった。だからほら……ちょっと不透明でしょ。あのままにしておいていたら、折角の彼女の美しさがどんどん損なわれてしまうところだったわ……」
「がアアアアアアああ!!!!」
 怒号が、室内を満たした。
 女との距離が一気に縮まる。
 一瞬、女が妖しく笑う様が見えた。
 ――女の姿が、消えた。
 俺の向かう先にあるのは……
「!!!!!」
 繰り出された拳は止まらない。
 それではと、即座に軌道を変える。
 ――ガッ
 足がもつれた。
 ――ズシャアアアア
「ふふ……無様ね」
 頭上から、声。
「想い人のために、アタシに殴りかかろうとする。やっぱり貴方の心は素敵ねえ……。だから、アタシは貴方の苦しみを消してあげられる。そして、選択肢は二つ」
 指を1本立てる。
「ひとつは、彼女と永遠の時を過ごす」
 2本目の指を立てる。
「もうひとつは、彼女を永遠になくする」
 妖しく笑う。
「さあ……どっち?」
 前者は俺もスミエと一緒にする。
 後者は俺の記憶を消す。
 おそらくはそういうことを言いたいのであろう。
(彼女と、有限のときを一緒にってのは……やっぱり無理なんだろうな……)
 俺は、彼女を救うことに完全に絶望していたのであろう。
 女の出す選択誌を真剣に考えている自分がいる。
「ああ……そうそう。ひとつ言い忘れていたわ……」
 この後に及んで、一体なにを……
「スミエちゃんね、こんなんになっちゃった日に前に振られた男の子にもう一度告白しようとしたんだって。今のままじゃあ彼は振り向いてくれないから、もっと綺麗になりたいって。で、永遠の美貌を手に入れた、と」
 けらけらと笑う。
「そんな必要、なかったのに……ねえ?」
――頭の中が、真っ白になった。
(“あの日”、告白しようとした……?)
 その日は、俺の大会の日。俺が彼女に告白しようとした日。
「あああああああああああああっっっ!!!!!!」
 慟哭。
 女は言った。
 彼女がこんなのになったのは、彼女自身のせいだと。
 ――違う。
 俺のせいだ。
 俺の、弱さのせいだ。
 自分のことしか考えることができなかった、俺自身のせいだ……。
 そのせいで、必要もないはずの美貌を手に入れた。
 ――俺はとっくに、彼女の虜だったというのに……!!!!
 贖罪を……しなければいけない。
 許してもらえなくてもいい……。
 せめて、彼女のそばに永遠にいるという贖罪を……。
「俺は、彼女と一緒に永遠の時を過ごす」
「ふふ……貴方ならやっぱりそう言ってくると思ったわ」
「細かいことはいい。さっさとやってくれ。一秒でも彼女にこれ以上孤独な想いをさせたくはない」
「オーケー分かったわ。じゃあ……彼女に関する記憶を消しましょ」
「――な、なに!? 約束が――」
「あら、アタシは約束なんてした覚えはないわよ。ただ、選択肢を出しただけ。貴方は自分の希望を言っただけ。“貴方の苦しみを除いてあげる”。アタシはそう言っただけ」
 女が手を伸ばす。ひんやりとした掌が、俺の額に触れた。
「ざーんねんでした」
 ――からだが動かない。
 額の手を振り解きたい、けれどそれも叶わない。
「ジ・エンドね……。いえ、ここから始まりね。貴方の新しい人生の……」
 女の冷たい掌から、何か暖かいものが流れてくる感じがした。
 彼女が……消えていく。
 真っ白になっていく。
 まるで、砂浜の足跡を波がさらっていくかのように。
 必死にかき集めようと無意識に手を伸ばすが、虚しく空を掴むだけ。
「あ……あ……」
 意味をもたない呻きが口から漏れる。
 ……消えていく。
 何もなかったように。
 俺の中から、確実にいなくなっていく。
 ――チャコを撫でる優しい手。
 ――俺の冗談にはにかむ顔。
 ――テストの成績を自慢気に見せびらかす――
「…………」
 ――誰だ?
 休日の街を歩く。
 大学で最近出来たばかりの彼女と一緒に。
 ふと、あるショーウインドに目がいった。
 そこには、今にも泣き出しそうな表情の少女の宝石が立っていた。
「どうしたの?」
 急に立ち止まった俺を、きょとんと見上げてくる彼女。
「いや……なんか、気になってさ」
 くぐもったガラスのようなそれは、妙に俺の興味を引いていた。
「むう……。何でできてんだろうなって、見たことない素材だけど、スゲー綺麗だな……」「な~に、タカフミこんな趣味あったの~?」
「どうなんだろ……。でも、よくわかんないけど気になる」
「……わたしは正直なんか怖いな。なんか本当に生きてるみたいで、今にも動きだしそう……」
 確かにその通りだ。開かれた口からは、今にも苦悶の声が聞こえて――
「ね~もう行こうよ~。なんかタカフミ怖いよ」
 腕を引っ張ってせがむ彼女。
 俺は軽く頷く。
「まったく、タカフミの彼女は私なんだからね。あんなのに気なんて取られないで!!」
 不思議な感じがした。
 今の言葉には、とてつもない意味がこもっているような気がした。
「ぷ……はは……」
 俺は、笑う。
「な、なによぉ」
「いや……お前バカだろう? なんで宝石なんかと張り合ってんだよ……」
「む~~~。私だけを見ていて欲しいの!!」
「……はは。分かったよ。お前しか見ないさ。なんせ、お前は俺の彼女だからな」
 俺がそういうと、うれしそうに腕に絡みついてくる。
 そのまま、俺らは繁華街の奥へと進んでいった。
 宝石の少女の瞳に、光沢とは異質の光が見えた気がしたのは、果たして気のせいだったのだろうか……。
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