第2回アンケート 結果 「石化の質感は「つるつる」と「ざらざら」のどちらが好みですか?」

アンケート結果
 「02: 石化の質感は「つるつる」と「ざらざら」のどちらが好みですか?」
・「つるつる (艶やか・滑らか)」 ―― 42票 (73.7%)
・「ざらざら (粗い・ひび欠け)」 ―― 15票 (26.3%)
 ※アンケートの期間 ( 2008/02/04(月) ~ 2008/02/10(日) )
 ※総投票数 57票
今回も多数の投票ありがとうございました!
質感については票割れは半々くらいかなと予想していましたが、意外や意外!
固めフェチが4人いれば、3人はつるつる質感好きという結果となりましたか(笑)。
・材質の状態 (年数の経過具合、コケの有無)
・材質の損傷具合 (破損・ヒビの有無、解除の見込み)
・材質の高級感 (道端の石と大理石との違い、触り心地)
質感を通して感じられることは結構あります。
とりわけ質感は「材質=石そのもの」と深く関わっているため、質感の違いはそのまま、石化被害者の状態の違いとも考えられると思います。
具体的には、たとえば「悲壮感」。
今にも朽ち果てそうな粗野な石像と、磨き上げられた鏡の如く周囲の景色を映し出す大理石の石像。
厳密に考えるならポーズや表情によって千差万別でしょうけれど、この2種類の石像がかもす雰囲気には大きな違いがあると思います。
粗野な、ヒビの入った、ざらついた石像。
石化は人間の価値を「モノ」へと貶める行為ですが、同時に美の保存、永遠に形を残すこと不変化にもつながります。意に沿わぬ石化であれ、ある種の「価値を見出せるモノ」に新しく変わる生まれ変わることは否定できないのではないでしょうか。
しかし、その変化が、あまりにもお粗末なものだとしたら。
どうでしょうか、とても可哀想じゃないですか?
美しい女性像、その石の身体中にはしる亀裂。欠けた表面の凹凸はさながらそれ自体がデコレーションであるかのように、女性像を悲しげに彩っている。
なお恒久的な危機に晒されているという哀れさ、生身以上に脆いかもしれない身体。
つまり、どうしようもない儚さが強調する悲壮感が、この場合はとても美しく演出されているんじゃないでしょうか。
いかにも高級そうな艶々とした大理石の石像。
ひとりの女性を材料にして作り出された彫刻は、かけがえのない貴重なモノ。より美しく、より忠実に、より朽ちることなく。人形を精密に再現するこのタイプの石像は、「なお支配できる余地が多分にある」という視点からも、欲望の体現として理想的なものではないでしょうか。
そのまま飾るもよし。加工するもよし。傷つけもよし。
コレクターにとっては、「石像が完全な状態であること」はそれ自体重要なステータスであるでしょうし、それ以上に「女性をそんな状態にして手元に置き、好きなように出来ること」はまさに至福。
つまり、被害者の人権を踏みにじり、哀れさを味わうことを醍醐味とする嗜虐性。その支配欲求をかぎりなく満たすことをできるのではないでしょうか。
あくまでも個人的見解で恐縮なのですが、ざらざらは作為的に施された質感というイメージがあるんですね。それならもし人間を石にしたらつるつるになるか?と問われれば悩むところですけど、なんというか感覚的にはそれなりにつるつるしてそう。
質感の一要素のみで趣向は分析できませんが、ある程度「好きな方向性」というものは絞られてくるのではないでしょうか。

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