みつくりざめさん作 : ランダムエンカウント 「おあそび」 (3)

3
「ああ、そうか。私の言う『押しの一手』が何なのか、見当が付かないという訳だな」
 ぽん、と胸の前で両手を叩き、ステンノは何事かを思い出したように目を大きく見開く。
 不覚にも、その表情を無邪気だと思ってしまった。瞳を輝かせて物を言う様子は、まるで面白いイタズラを思いついた子供その物だったからだ。
 かしげた首を勢い良く戻し、銀の髪をふわりと跳ねさせ、ステンノはベッドの脇にしゃがみ込んだ。
「わたしもつくづく面倒見が良い。口で言ってもろくに解らないボンクラに、わざわざ現物を見せて説明してやろうと言うのだからな」
 そう言いながら体をベッドの下に潜り込ませ、奴は小さな体をもそもそと動かしていた。
「おお、これだこれだ」
 そう言いながらベッドの陰からステンノが再び顔を見せたのは、およそ5分ほどが経過してからだった。
「思ったより奥に仕舞っていたのでな、ちと拾うのに手間取った」
 悪びれる様子など無い。立ち上がった奴の右手には、何やら棒のような長い物が握られていた。
 わざとらしく額の汗を拭う仕草を見せながら、一段と楽しげな笑顔を浮かべて再び私の目の前にやって来ると、奴はおもむろに右腕を振り上げ――
「そら、良く見ろ。例えばこういうモノを使うとかだ」
 言い終わるよりも先に、手にしたそれを勢い良く振り下ろした。
「きゃ――!?」
 衝撃、そして破壊音。振り下ろされたそれが鼻先を掠めた瞬間に閉じた目を、恐る恐る開く。
 薄汚れたカーペットに、一本の剣が突き立てられていた。
「あ……?」
 比較的ポピュラーな形状の片手剣だった。宝石等の装飾を徹底的に廃した、実に簡素な作りの物だ。
 だがその剣身が宿す輝きは、澄み渡る清水に通じる厳かな物。
 みすぼらしい廃屋に突き刺さろうとも、凡百の剣とは比較にならない風格を漂わせている。
「ち、ちょっと」
 刀剣は詳しく知る所ではない私だが、それでも解る。これは間違いなく名剣と呼ばれるに相応しい品だ。
 そうだ。それにこの輝きは、今日初めて見るものではない――
「貴女、これは……!!」
 事がここに到って、私はステンノに対してまともな言葉を発することが出来た。
 焦りとも怒りとも付かないごちゃ混ぜの感情が、彼女に対する恐怖を一時的に麻痺させたらしい。
 私と同じく三姉妹討伐の任に就いた、数百年に渡り卓越した剣技を伝える家に生まれた少女。
 この街での私のパートナーであり、共にステンノと合間みえるにまで到った少女。
 その彼女が携えていた、この世に二つとないはずの剣。
 それをどうして、目の前のバケモノが持っている!?
 目の前の出来事が何を意味するか、本当は頭では理解できる。答えは実に簡単だ。
 だが、体が理解を拒絶しているのだ。
 一瞬にして全身から噴き出した汗は『気付けばお前も後を追う』と言う、本能から発せられる警告に他ならない。
「ほう、様子が変わったな」
 愉しげなステンノの声が、どうしてか何重にも反響して聞こえた。
 半ばオーバーヒートした感情が、一時的に身体機能も麻痺させてしまったのか。
 ステンノを含めた周りの物全てが、ふわふわと現実味の無い、遥か遠い世界の存在であるように感じられる。
 ――あぁ。仮にそうだったら、どんなに良かったか。
「浜辺に刺さった剣とは珍しくてな。さぞ値打ちのある品かと思って、目を回したお前と一緒に持ち帰った訳だが……」
 手を顎にあて、さも思案に耽っているかの様に振る舞う。
「ま、お前程度でも知っているなら、その価値もたかが知れているか」
 詰まらん物を拾った物だ、そう吐き棄てる口元は、ちょうど三日月を横倒しにしたような形の笑みを作っていた。
 これで何度目か、横目で私を見るステンノと視線が合った。
 解る。次に私がどんなリアクションを返すか、奴はそれを楽しみに待っている。
 この剣を見せられた以上、私が黙ったままではいられない事も見越しての上で。
「……刺さっていたから、拾った?」
 絞り出すように声を出し、やっとの思いでステンノに向き直る。
 ストレートに視線は合わせず、ちょうど奴の額の辺りを注視する。これ以上、あのニヤニヤ笑いを見たくない。
「おお、一人前に口が利けるじゃないか。私を恐れるが余り、いよいよ言葉を失くしたかとばかりとな」
 ステンノの挑発をギリギリの線で聞き流す。コイツは何もかも解った上で遊んでいる。
 私があいつの眼光に怯え、言葉に震える様を見て、心の底から笑っているのだ。それも私のパートナーまでダシにして、だ。
 ――ふざけるな。これ以上、お前を調子に乗らせてたまるか。
「下手な嘘を吐かないで!」
「う?」
 ほんの一瞬だが、確かに怒りが恐怖を上回った。
「貴女、この剣の持ち主を知っているんでしょう!? あの子を一体どうしたってのよッ!」
 その機会を逃がさず、胸の奥に溜まっていた感情を言葉に変えて一気に叩き付けた。
 ――しばらくの間があった。
 目の前で急に大きな声を挙げた事に面食らったのか、意外にもステンノは虚を突かれた様に、ぽかんと私を見つめていた。
 鋭角的な目は大きく真ん丸に見開かれ、何度も何度も、やり過ぎな程に瞬きを繰り返し――
「……へた……な、なにが?」
 驚く程細い声で意味の通らない事を呟きながら、窓の方へふらふらと歩いて行く。
 不自然なまでの態度の切り替わりは、まるで何かのスイッチが入ってしまったかのようだ。
 どこか惚けた様子の今のステンノには、もう私ですら見えていないのかも知れない。
 ステンノの独壇場と化していた部屋に、久方ぶりに静寂が訪れていた。
 ――まさか、あのステンノに気迫で競り勝つ事ができたのか。そう思った矢先。
「……嘘、だと?」
 地の底を這う様な呟きが聞こえたと同時に、視界からステンノの姿が忽然と消えた。
「あ……がッ!?」
 首に凄まじい衝撃が走ったのは、その直後の事。
 彼女が立っていた窓際から、こちらまでの距離はおよそ4メートル。
 その距離をたったの一挙動で詰め、ステンノは私の首を締め上げていたのだ――
「……良い機会だ。お前の言う嘘とはどういう物かを教えてやる」
 左に四本、右に一本。ステンノの右手の指が、首に食い込んでくるのがはっきりと解る。
 紅葉のように小さな手のはずなのに、最早それは重機にも匹敵する力で私の首をへし折らんとしている――!
「ぃ、ぐ……ぁッ」
「この世で最も卑しく、愚かで見苦しい物。それが嘘だ」
 よほど強く床を蹴り飛ばしたのだろう。
 先程までステンノが立っていた床には、まるで爆ぜたような穴が穿たれていた。
「お前は私がその嘘を吐いたと言うんだな。このステンノは、愚かで卑しく汚く醜い浅はかで惰弱な底辺の存在だと。つまりそう言いたいんだな……ッ!?」
 声が震えていた。
 先程までの馴れ馴れしい口調は微塵も残らず消え失せ、代わりに怨嗟にも似た声がステンノの口から溢れ出していた。
「十把一絡げの負け犬の分際で、オマケに図々しくも土足で私の寝床に踏み込んでおいて。どの口がそんな事を?」
「ちがっ……あな、たが、かってッ……!」
 これは紛れも無い事実。他ならぬステンノ自身も確かにそう言っていた。
 だが、今のステンノに対しては決して言ってはならない言葉だったのだろう。
「……何だと」
 ステンノの眉が凄まじい勢いで跳ね上がる。質量を備えているのかと錯覚してしまうほどの殺意が、瞬時に部屋に充満した。
 この殺気に触れるだけで、羽虫程度の生き物なら容易く消し飛んでしまうのではないか。
「やかましいわぁーーーーーッ!」
「はぐッ!?」
 怒号が飛ぶ。だがそれは既に人の声ではない。血に餓えた獣の咆哮だ。
 クレーンに吊り下げられた鉄骨のように持ち上げられていた私の身体は、今度は紙屑のように宙を舞い、瞬時に廃屋のドアに叩きつけられていた。
 首の次は背中への衝撃。私の身体は老朽化したドアを簡単に破ると、ステンノに押し倒される形で廊下へと飛び出していた。
「さえずるな小娘がッ! それ以上舐めた口を叩かば、この場で即刻ぶち殺すッ!!」
「ひ……!」
 激昂であるとか憤慨であるとか、今のステンノの形相はそういった人間の言葉で言い表せる物ではなかった。
 紅い眼差しは、灯りの無い廃屋の闇よりもなお、暗くドス黒い。仮に首を絞められていなくとも、私はこの眼光に射殺される。
 そう直感した。恐怖が涙腺を伝って零れて落ちた。
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